ドメニコ・ダ・コルトーネ&カトリーヌ・ド・メディシスの対話

1519年、建築家ドメニコ・ダ・コルトーネの指揮の下、シャンボール城の建築が始まったところでした。この年は、将来フランスの女王となるカトリーヌ・ド・メディシスが誕生した年でもあります。この2人が500年後に当たる今、出会ったらどんな話をするでしょうか。それはこんな会話になるかもしれません…

ドメニコ・ダ・コルトーネ:「私が助手をしていたレオナルド・ダヴィンチが、ルネサンスの真の象徴、シャンボール城の設計をしたと言われています・・・」

カトリーヌ・ド・メディシス:「あなたがこの大規模な建築現場を最初に担当した建築家であったことは確かです。工事は1519年に始まったのですから。天才レオナルド・ダヴィンチはその年、アンブロワーズにあるクロ・リュセ城で1519年に亡くなっています。ダヴィンチの彫刻は今もアンブロワーズ城で見ることができますけれども。あの頃、ボッカドールという異名を取ったあなたは54歳…」

ドメニコ・ダ・コルトーネ:「そうです…そして陛下は1歳におなりになるかならないか、ではなかったでしょうか。」

カトリーヌ・ド・メディシス:「そのとおりです。私は1519年にイタリア、正確に言えばトスカーナ地方で生まれました。トスカナーナで生まれた点はあなたやレオナルド・ダヴィンチと同じですね。私たちの国、イタリアでルネサンスが興隆したのですよね。それがフランス王シャルル8世とフランソワ1世を刺激して・・・」

ドメニコ・ダ・コルトーネ:「全くおっしゃるとおりです!レオナルド・ダヴィンチや陛下のような偉大な方がフランスにいらっしゃったことが、ロワール渓谷をフランスでのルネサンス発祥地とすることに貢献したのです。ロワール川の古城たちがそれを象徴しています。ほんの一例ですが、例えばシャンボール城、アゼ・ル・リドー城(1518年)、あるいは陛下がお住まいになられた見事なシュノンソー城(1514年)などです。」

カトリーヌ・ド・メディシス:「500年後の2019年、これらのお城はこの素晴らしい時代のもっとも美しい証拠として今も残っています。また、この500周年を記念するにふさわしいイベントが開催されると聞いています。2019年、1年を通じて文化的なプログラムが展示会やガイド付きの見学会、その他祝賀会などがルネサンスをテーマに行われます。」