ツール・ド・フランス5勝の英雄ベルナール・イノー氏

年に一度フランスで開催される、世界的な自転車レース、ツール・ド・フランス。今年は7月6日の開幕を控えます。今回は、マイヨ・ジョーヌ100周年イベントのために来日した、ツール・ド・フランス5勝の英雄で、長年大会の運営に携わっていたベルナール・イノー氏に、同大会の魅力について伺いました。

この度はインタビューをお受けいただきありがとうございます。ツール・ド・フランスといえば、国際的なスポーツの祭典であると同時に、フランスにおける夏の風物詩とも言われています。日本で、ツール・ド・フランスをテレビで見ていると、選手たちのことはもちろん、フランスの景色や沿道の応援者たちのバカンスの様子もよくわかります。フランス人の生活において、ツール・ド・フランスとはどのような意味を持つのでしょうか?

何といってもお祭りです!ツール・ド・フランスのようなサイクルレースは観客の目の前を通りすぎるんです。だから友達を呼んで一緒にその祭りを楽しみます。それに、ツール・ド・フランスにはキャラバン隊といって、選手が通過する前、路上の観客たちにたくさんのお土産をばらまきます。とくに子供たちはそれを嬉しがってやってくるので、とにかく賑やかです。レースを見に80キロも離れたところから人々がやってくるんですよ。多くの人々にとってとても大切なお祭りなんです。
 
観客はそのお祭りを楽しんでいますが、逆に選手の方にとっては、そういう雰囲気を感じるのは難しいのでは?

いや、けっこう見ていますよ。レースの間には、走りに対してそれほど集中力を高めなくてもよい時がありますから、その時は風景や、周りの様子、観客の様子をよく見ているものです。その時々の状況によりますね。トップの集中力を要する時はさすがにレースのことしか頭にありませんが、それを過ぎると、周囲の様子が目に入るようになってきて、観客たちのワクワクした様子がこちらにも伝わってきます。

新城幸也 選手や別府 史之選手のような日本人選手がツール・ド・フランスに参加するようになってから日本でのツール・ド・フランスの認知度が上がりましたが、日本やアジアからの観客が増えたと感じることはありますか。

一人一人の国籍は解りづらいけれど、国旗を持つ集団がいると、どこの国の人たちかよくわかります。もちろんトリコロールの旗が目立つんですが、日本の国旗を持ったグループも見るようになりました。でも一回のツール・ド・フランスで20回~30回ほどですかね。

各ステージが終わるごと、選手たちにも気晴らしをする機会はあるのですか?

いいえ、ありません。レースが終わると選手たちはホテルに行き、シャワーを浴びマッサージを受け、食事をし、そして眠りにつきます。そうしないと翌日のレースに響きますから。観光をすることはありません。私は選手のキャリアを終えた後、30年間レースの運営に携わってきましたが、そういった立場でも街を訪れる時間はありません。レースの運営はとにかくやるべきことが多いのです。美術館や史跡を見に行くことがあるとしても、それは本当に稀なことで、ツール・ド・フランスと比べてそれほど重要ではないレース、観客が少なめでリラックスできる環境にある他のレースの時ですね。

それだけツール・ド・フランスが他と比べて特別だということですね。毎年変わるツール・ド・フランスのコース選定はあらゆる立場の人にとって大きな意味を持ちます。レースを戦うチームにとって、レースの行方を占うファンにとってはもちろん、ツールを見て将来的にそこを旅したいと思う観客にとっても大事な情報です。そんな中で、どのようにコースを選ばれるのですか。

最も重視するのは、やはり大会がスポーツプロジェクトとして成り立つことです。250の町がツール・ド・フランスの開催候補地となっているのですが、クリスチャン・プリュドムを総合ディレクターとする大会運営組織はすべての県が3年から5年ごとにコースに選ばれるよう采配します。私たちはフランスの地図と睨めっこをして決めるんです。どの県にもツール・ド・フランスを受け入れる権利がありますからね。その後はフランスの地形を見ます。何と言ってもツール・ド・フランスのコースには山岳地帯がなければいけません。また、現在ツール・ド・フランスでは、開催期間21日間、総合距離3600キロを超えてはならないという規定があります。ですからフランス全土で行うことは難しいのです。ある年はフランス東部、ある年は西部、ある年は中部に重きを置くようにして、すべての県の希望を叶えようとしています。でも島は別ですよ。マルティニークやグアドループに簡単に行けたりはしません。コルシカ島でレースを開催した時は本当に例外でした。島での開催は運営が難しく、船の行程など、多くの準備をしなければいけませんでした。

フランス観光開発機構は、フランス各地の地方観光局と連携して仕事をしていますが、山岳地帯を抱える地方、例えばピレネーやアルプスを抱える地方はツールのたびに積極的なプロモーションをかけていますね。

山がある彼らは運がいいね。

ただ、山岳地帯でない地方がコースに入った時でも、彼らは観光PRの機会としてツール・ド・フランスを最大限活用しています。たとえば今年は7月22~24日のニームからギャップまでの行程を地元は「古代ローマの道」というポスターで盛り上げています。運営側でも、観光的な面白みをレース選定に含ませようとしていますか。

コース選定では、やはり何と言ってもスポーツ的な面を第一に考えます。山岳地帯、平地を決め、タイムトライアルをどう組みこむかを考えます。その後で、コースの周辺で史跡や観光スポットを探します。
例えば、今年の17ステージのスタート地点のポン・デュ・ガール(Pont du Gard)は古代ローマ人が建てた史跡ですが、パリの凱旋門のように象徴的な建造物です。シャルトル大聖堂(Cathédrale de Chartres)やナンシースタニスラス広場(Place Stanislas de Nancy)だって象徴的な建物ですよね。ゴール地点にこういう場所が選ばれた時、選手が到着する前にそれら史跡の映像をテレビではずっと流している訳です。モン・サン・ミッシェル(Le Mont Saint Michel)がゴール地点に選ばれた年も同じようにしました。

テレビチームには、ツール・ド・フランスの前、一か月かけてコース周辺の観光情報をリサーチする人がいます。空撮ではコース周辺5キロくらいまでカメラに映りますから、その範囲にある史跡をピックアップし、それぞれの歴史も調べておきます。この城は何百年前にどういう経緯で建てられたとか。そうすることで、レース当日は解説者がスムーズにその魅力を紹介できるようになります。そんな仕込みがあるからこそ、放送を見た人々はそこへ行ってみたいと感じるのですね。

ジャーナリストにとって、観光情報は本当に大事です。そのような情報が記載された本が英仏両言語で作られるので、彼らはそれを仕事に活用しています。おそらくツール・ド・フランスは、フランスを売り込むもっとも素晴らしい方法でしょうね。ツール・ド・フランスのコースでは、誰もいかないような場所にだって行きます。有名な場所だけでなく、取るに足らないような小さな道でも素晴らしいものを見つけ出し、取り上げるのです。実際、ツール・ド・フランスが終わった後、その場所を訪れてみる人はたくさんいますよ。

一つの例を挙げると、ある年の10月、二人の若いアジア人女性が旅をしにフランスへやってきたのですが、彼女たちは車を借りて、わざわざガリビエ峠(Col du Galibier)を見に行ったというのです。というのも、それを以前ツール・ド・フランスのテレビ中継で見ていて、そこがどんな場所か実際にこの目で見たかったと言うのです。大都市ならわかりますが、パリから500キロも離れた山をわざわざ見に行くなんて、ツール・ド・フランスがなければ、ありえないことでしょう。

今年2019年のコースはすでに発表されていますが、観光的に見てイノーさんのおすすめの場所はどこですか?

まずナンシーのスタニスラス広場です。建物に囲まれた美しい広場ですよ。フランスの王たちが聖別されたランス・ノートルダム大聖堂(Cathedrale de reims)もおすすめです。コルマール(Colmar)は小さいけどとても美しい町です。ベルフォールではライオン像(Lion de Belfort)を見つけてください。アルザスやブルゴーニュのワイン街道(Routes des Vins)もありますね。ブリウド(Brioude)から、サン・フルール(Saint Flour)にかけては、中央山塊(マシフ・サントラル)の小さな山が点在します。我々にとっては中央山塊は小山なんです(笑)。それからオクシタニー地方に入るとアルビ大聖堂(Cathédrale d’Albi)、バラ色の街トゥールーズ(Toulouse)、ルルド(Lourdes)がありますよね。もちろん伝説のトゥルマレ峠(Col du Tourmalet)だって。そして古代ローマ遺跡の地として、ニーム(Arènes de Nimes)、ポン・デュ・ガールがあります。そこからアルプスに入ってきます。ヴァルトランス(Val Thorens)、ティニュ(Tignes)、オリンピックの舞台となったアルベールビル(Albertville)のあるアルプスが見どころです。どのステージも常に見るべきものがあります。ゴールのパリもありますしね。

つまりは、一日も見逃せないということですか。

その通り!そして、このコース地図には載っていないけれど、スタート都市とゴール都市の間にはいくつものお城がある!

本当ですね。ところで、ご出身のブルターニュ地方は、今年は残念ながらツールのコース上に選ばれてないのですね。

ええ。そして残念なことに来年もないでしょうね。2020年のコースはニースがグラン・デパールだけれど、その後ブルターニュまで北上するとは思えません。ブルターニュは去年、フランス西部を中心にしたコース上に選ばれました。どの地域も3年から5年間隔でツールの通過コースに選ばれるので。他の地方と協力し合って開催しないといけませんから。それに、レースの開催地には多くのホテルが必要です。ツールを受け入れるには4.800床が必要だと言われます。そのうち1600床が運営団体のASOが必要とするものですが、それだけの客室がある場所は限られるものです。

ブルターニュといえば、以前、エキップ・アサダの浅田顕代表がフランスで一番好きな地方として名前を挙げられていました。また、2016年フランス観光親善大使を務められた新城幸也選手は、渡仏後すぐにブルターニュの隣のノルマンディーで自転車修行をされたことから、フランス北西部に愛着をお持ちだとか。彼らがこの土地に惹かれる理由が何かあるのでしょうか。

ブルターニュは自転車レースが多い地域なんです。いつも何かしらのレースがあるので、ロードレーサーであるという時点で、レースが多い場所に行こうというのは自然なことですね。また、メリハリのついた高低差のある美しい地域でもあります。入り組んだ海岸線が続くので観光的にも面白いですね。

プロのレーサーでなく、観光でサイクリングを楽しみたいという人にもブルターニュはオススメですか。

ええ。ブルターニュの何がいいかというと、幹線道路はあるけれど、それを通らなくても小さな美しいルートが無数にあること。景色もいいし。 « エメラルド海岸 » 、 « ピンク花崗岩海岸 »と、素敵な名前を持つ海岸線があり、それぞれに趣が違うんです。今でも自転車に乗るけれど、たとえば100キロ走っても10台の車にしかすれ違わない日があって、それは何とも気分がいいことですよ。

ブルターニュ地方の観光局は約10年ぶりに日本市場でのプロモーションを再開し、今後観光デスティネーションとしての発展が見込まれています。それに今年の夏には、2017年のフランス観光親善大使であるくまモンという有名なマスコットがブルターニュ地方を旅します。もしかして現地でくまモンとすれ違う機会があるかもしれませんよ。サイクリングが好きなようですし。

(モン・サン・ミッシェルをサイクリングするくまモンの写真を見ながら)機会があれば会ってみたいね(笑)。

フランス観光開発機構では、今後サイクルツーリズムのプロモーションに力を入れたいと思っています。克服すべき課題はありますか。

サイクルツーリズムとしての設備をもっと整える必要があるね。サイクリストを歓迎するホテル、たとえばきちんとした駐輪場があって自転車を外から守ったり、メンテナンスできるコーナーがあるホテルが、まだ少ないです。

フランスでも山岳地域では自転車乗りたちがこぞって集まるものです。トゥルマレ峠やガリビエ峠には、一日に少なくとも600人が登攀していますよ。ツール・ド・フランスの伝説の舞台を自ら登ってみたいと思うのです。それに今はEバイクがありますから脚力に自信がない人でも、こういった山岳にもアクセスしやすくなっています。そこでもやはり、サイクリスト向けの施設をもっと充実させる必要がありますね。

本日は、貴重なお話をありがとうございました。


協力:ルコックスポルティフ
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