ヴォーバンの防衛施設群-ヌフ・ブリザックの新市街

Published on 2017年 9月 01日
  • © Atout France/Daniel Philippe

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ヴォーバンの防衛施設群-ヌフ・ブリザックの新市街 68600 Neuf-Brisa fr

ヴォーバンの防衛施設群-ヌフ・ブリザックの新市街  

フランス国王ルイ14世お抱えの軍事建築家、セバスティアン・ル・プレストル・ド・ヴォーバン(1633-1707)が手がけた軍事施設の中で12の城塞建築物群が世界遺産の登録対象となっている。今日、軍事施設としては無用の長物と化しているが、軍事施設に相応しからぬ美しい建築物の紹介。

 

1697年にレイスウェイク条約が結ばれルイ14世とアウクスブルク同盟諸国の間の大同盟戦争が終結したが、この条約によりフランスはライン川右岸のドイツ側にあったブライザッハの要塞を失う。この損失を埋め合わせるためルイ14世はブライザッハの対岸のストラスブールとミュルーズの間に新たな要塞の建築に迫られた。ルイ14世はヴォーバン等に新たな要塞の建築を命じ、新しいブリサック(ドイツ語読みではブライザッハ)ということでヌフ(「新しい」の意、英語ならばnew)=ブリザックと名付けた。いくつかの案の中から、防衛上本当に意味があるのかどうかというものだが、当時は理論的に正しいとされていた八角形の要塞をルイ14世は選んだ。1698年に工事が始まり、要塞自体は4年ほどかかり完成。1743年のハプスブルク家の攻撃は凌ぐも、1870年のドイツ軍の攻撃の祭には大きな損害を受け、1871年に国境がヴォージュ山地へと移動したので実質的には軍事的な意味はなくなる。見事なまでに八角形に囲んだので町もこれ以上拡張できない。。。という現実もあり、今日的には困りものにもなっているようで・・・。 

 

フランス国鉄SNCF 、コルマール駅Colmar駅から車で25分ほど。

 

見どころ

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