愛の司祭、聖バレンタイン

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愛の司祭、聖バレンタイン valentine fr

一般に普及し宗教色の薄くなったバレンタインデーですが、その歴史は意外と古く、古代ローマ時代まで遡ることができます。厳密には西暦3世紀、皇帝クラウディウス2世が統治していたローマに生きたカトリック司祭聖バレンタイン(ウァレンティヌス)に因んだキリスト教の祭日です。

■ 皇帝クラウディウス2世の婚姻禁止令

軍人皇帝だったクラウディウス2世は、当時の士気の低下を憂い、より強靭な軍事体制確立のため、軍隊整備に急いでいました。しかしながら、若者たちは故郷を離れ、家族や愛する人と別れて遠い戦地に赴くのが嫌で、なかなか戦争に出たがりませんでした。焦りと憤りを感じた教皇は強兵策のひとつとして、ついに兵士の婚姻を禁止しました。「戦場に行く兵士は結婚・婚約をしてはならない。故郷に家族や愛する人を残すと進んで前線に出られなくなる」ことが理由でした。

■ 密かに執り行われた婚礼

禁止令は出たものの、若い男性から恋愛を奪うことはできません。そこで愛し合う若者たちはこの法令に逆らって、こっそり結婚を取持ってくれるバレンタイン司祭のもとに駆けつけ、ひそかに結婚をしました。
しかしながらこの行為はやがて皇帝の耳に入り、バレンタイン司祭は投獄されます。当時のローマではキリスト教は迫害されており、皇帝はバレンタインに罪を認めさせようとしただけでなく改宗をも試みていました。命令に応じなかったバレンタインはついに死刑を宣告されます。

■ 一人の娘との出会い

バレンタインは獄中でも恐れずに看守達に神の愛を説き続けました。中でもバレンタインは一人の看守ととりわけ親しくなります。この看守には盲目の娘がいました。
彼は娘がバレンタインと親しくなることを許し、獄中のバレンタインの世話をさせ、またバレンタインは盲目の娘のために日々祈り続けました。こうしていつしか二人は恋仲になったのです。

■ 処刑日の別れの手紙

バレンタインの処刑日には、ユノの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日が敢えて選ばれました。
処刑の前夜、バレンタインは娘のこれまでの親切に感謝する別れの文面を綴り、今や伝説的に有名になったセリフ「from your Valentine(あなたのバレンタインより)」と最後にサインした手紙を彼女に残しました。これがバレンタインカードの由来といわれています。

■ 聖人となったバレンタイン

死後、バレンタインは列聖され、ルペルカリア祭の守護聖人となりました。
禁じられていた兵士の結婚を取持ったために殉職したバレンタインを記念し、496年、ローマ教皇ゲラシウス1世は2月14日を「聖バレンタインデー」と制定、キリスト教の祭日となり、そして現在のような恋人たちの日になったのです。

 

 

 

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