聖バレンタインデーの由来、ルペルカリア祭

聖バレンタインデーの由来、ルペルカリア祭

2月も半ばを過ぎると、だんだん春の訪れを感じるとともに豊穣の時期になり、人々の精力も増して求愛の季節となります。古代ギリシャでは、この時期に若い女性が黄色いクロッカスを身につけて「待ち人」状態であることを若い男の子に示す習慣があったそうです。この頃から赤いハートは現在のように忠誠心の象徴でした。またローマ神話によれば、ヴィーナスの息子キューピッドは、ラテン語で「願望」を表わし恋愛の神とされています。キューピッドが矢で神と人間の心を傷つけて彼らが恋に落ちるようにいたずらしたそうです。

古代ローマの豊穣祈願祭

バレンタインデーの由来は、古代ローマの多神教の儀式、豊穣祭ルペルカリアまで遡ることができます。これは豊穣祈願と多産の浄化を目的として毎年2月15日に開いていたお祭りで、当時別々に生活していた若い男性と女性が唯一知り合える機会でもありました。前日、2月14日は家庭と結婚の神とされるユノの祝日で、15日がルペルカリア祭の始まる日でした。
お祭りはまず、山羊や犬などを生贄としてささげ、その後、生贄の皮を剥いで細長く切り、その血に浸す儀式からはじまりました。その後、腰布をまとった若い男たちはそれを鞭のように持って村中を走り回り、若い女性を叩いては安産や多産を祈願したとされています。このムチに打たれると子宝に恵まれると信じた女性たちは進んで叩かれたそうです。

元祖合コン?!

また、古代の人々はくじ引きが大好きでした。ルペルカリア祭の前日(14日)には、未婚の娘たちは自分の名前を書いた札を壺の中に入れることになっていました。祭りの当日、男たちは壺から札を一枚選び、引いた札に書かれている娘と祭りの間、パートナーとして一緒にいることができました。この時位しか知りあう機会もないので、大概は恋が芽生え、そのまま付き合うことになったり、結婚までこぎつけたりするカップルもありました。

ルペルカリア祭の廃止

しかしながら5世紀に入ると、若者の風紀の乱れを憂えた当時の教皇ゲラシウス1世によってこのルペルカリア祭は禁止されなくなってしまいます。代わりに、200年ほど前のちょうど2月14日(ユノの祝日)に、当時禁止されていた兵士の婚約を取り持ったために殉職したキリスト教司祭聖バレンタインを、新しく行事の守護聖人として祝うことにしたのが現在のバレンタインデーの始まりといわれています。
出典 : www.france5.fr