チェルヌスキ美術館━邸宅美術館━パリ

チェルヌスキ美術館━邸宅美術館━パリ 7 avenue Vélasquez  75008 Paris fr

シリーズ:建築で巡る美術館-美術館へと転身を遂げた建築物のご紹介-

チェルヌスキ美術館━邸宅美術館━パリ

 

チェルヌスキなる名を持つ美術館。一体チェルヌスキとは、と思うとおもわれるのですが、この名の持ち主はイタリア出身のアンリ(→イタリア読みでは「エンリコ」)・チェルヌスキという人で、1848年にミラノをオーストリア帝国による占領から解放した3人の英雄のうちの1人、だと言う。では、そんな人がどうしてフランスへ来たのか、というとローマ共和国の議員になったものの共和国が短命のうちに崩壊してしまったのでフランスに亡命したからである。パリでは『交換の仕組み』(1865年)なる経済学の本を出版し、経済学者として認められと、投資家の顧問となったり、事業に参入した財を成した。しかしながら、このもうけでパリの地でも共和主義思想を広めるために新聞社を買い取り、活動したことが煙たがられ、スイスへと追放。。。第二帝政の崩壊ととも再びにパリへ戻り、この時にフランス国籍を得たという、かなり熱い政治活動家でした。しかしパリ・コミューンに衝撃を受けると、なんと今度はアジアへ赴きも美術品の収集に熱中!!。帰国後はパリで開かれた東洋博覧会(1873年)に展示するほどの美術収集家として知られる存在になったのでした。高級住宅地だったモンソー公園の一角の土地を実業家として名を馳せたペレール兄弟から買い、建築家ウィリアム・バウエンス・ファン・デル・ボイエンに依頼して邸宅を建てると美術品に囲まれた日々を送った。チェルヌスキは1896年にマントンで亡くなり、彼の邸宅と東洋美術コレクションはパリ市に遺贈され、今日では彼がパリに建てた邸宅と心の拠り所となったコレクションを心ゆくまで眺めることが出来る美術館となっている。


住所 7 avenue Vélasquez 75008 Paris

 

最寄り駅 パリ・メトロ2号線モンソー駅、または23号線ヴィリエール駅


東洋美術に絶望を癒された男の邸宅★★★★☆ 

 

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